私が織田信成くんと出会ったのは、十数年前。
当時、Barryのリンクで練習していた彼が、大きな試合前に怪我をし、私のクリニックを訪れたのが始まりです。
その後なにかと縁があり、知り合いから頼まれて我が家にも住んでいた時期もありましたので、良く知るスケーターの一人です。
彼と生活を共にしたことにより、それまでマッサージセラピストによるサポートとして接していただけでは、分からなかった多くのことを知ることができました。
織田信成くんの、我が家での最初の質問
まず、驚かされたのは、我が家に引っ越してきて最初にされた質問。
「掃除の道具を売ってるお店教えて下さい」、が彼が引っ越ししてすぐに聞いてきたことでした。
彼は、新しいスタートを切る時には、部屋掃除からキチッとという行為から始めるタイプ。スケートだけやらされてきた選手ではなく、生活面まで厳しく指導されてきたことがわかります。
実はその時期は、信くん(私は彼をこう呼んでいます)にとっては少々大変な時期であったのですが、それを表面に出すこともなく、スケートに真面目に取り組んでいる様子を日々見てきました。
朝のウォーミングアップから食後のランニングまで、生活リズムが崩れることがない、トップアスリートの自覚を持つ選手でした。
その反面、楽しむ時間はキチッと確保して生活をエンジョイしていることは感心しましたし、そのメリハリが、周囲をいつも楽しましてくれるあのキャラクターの源なのかとも思います。
自分の世界に引き込むスケーティング
彼がフィギュアスケーターとして特に優れていた点が、観客を一瞬にして自分の世界に引き込むことが出来ること。ジャンプ跳ぶ跳ばないとは異なる観点として、彼のストロングポイントでした。
この「観客を引き込むこと」は、私の友人のフィギアスケートの神様、カート・ブラウニングさんも、スケートにおいて一番大切な要素として挙げています。
高いトップアスリートとしての高い自覚、ストイックなトレーニング、そしてユニークなキャラクター、が組み合わさることによって、一目見たら目を離せない、彼の世界に引き込むスケーティングができるのだと思います。
スケートの課題に、自分で向き合う・自分で導く
当時もフィギアスケートの技術面の変化スピードは早く、今ほど情報のない中でも、常に新しい技術を習得することに迫られた時代のスケーターでした。恵まれた体だったとは言え、体の負担があり、苦労の多い現役時代だったかと思います。
自分のスケーティングの課題に、自分の体のストロングポイントを使う・使わない、練習環境を意識的に変える、など自分で向き合い、自分で考えて実行する選手でした。
スケーターが多くのサポートを期待できない時代に、自分なりの答えを、自分で導き出せるスマートな選手だったと思います。
その努力の成果は、信くんが現役時代に手に入れた多くの功績として残っています。
その後、袂を分かち、ライバルチームとして国際試合で会うこともありましたが、微妙な立場ながら良好な関係を維持してくれました。
そんな常に真摯にスケートに向き合う信くんのエピソードをご紹介します。
4回転ジャンプに対する、織田信成くんの答え
当時、私は多くのフィギアスケーターのサポートをする立場にあったのですが、どうしても信くんに聞きたい質問がありました。
それは「4回転ジャンプの体に対する負担はどうなの?」という質問です。
当時数少ない4回転ジャンパーである信君に直接この質問をしたかったのです。
私の問題意識は、フィギュアスケートの4回転ジャンパーは、ほとんど大きな怪我をしているということでした。若いスケーターのコンディショニングをサポートする立場にある私は、実際に4回転を跳ぶ当事者に、このどの教科書にも正解が載っていない問いについてコメントをもらうことで、より正しいアプローチを、自信と信頼性を持ってできればと思っていました。
ライバルチームのセラピストが質問する内容としては極めて不適切なのは承知の上で、信くんに直接尋ねました。
青嶋「ところで、4回転ジャンプって体にどの位きついの?」
信くん「そんな事、敵に教ええられる訳ないでしょ!」
ある程度覚悟していたリアクションでしたが、
「後輩スケーターの為になるのなら!」という前置きの後に、彼個人の考えを教えてくれました。
「4回転ジャンプの練習は、3回転とは比べ物にならないくらいきつい」
とハッキリと教えてくれ、そのあと後輩スケーターのためにということで、彼の経験をもとにした感覚・アドバイスを共有してくれたのです。
また、この4回転は3回転とは比べ物にならないくらいきつい、は、先述の世界選手権4回優勝をしたカート・ブラウニング さんと、今回も同じ答えでした。。
信成くんのアドバイスから学べること
この信くんのフェアなアドバイスが、その後私が4回転ジャンパーをサポートする際のベースとなりました。
このアドバイスがどれほど重要であったかは、信くんが引退した後のスケーター達を見ていただければ一目瞭然です。
織田信成くんは、表面上の楽しいキャラクターだけで無く、人間的に魅力のある素晴らしいスケーターです。その織田信成くんと知り会えたことは、私にとって大きな財産であり、どんな状況下でもずっと応援していきたいと思っています。
最近、多くのスポーツにおいて、コンディショニングを始め、練習方法に対する疑問が話題になるようになってきました。この問題はトップアスリートだけで無く、幼少期からみんなで考えなくてはいけない問題です。
そんなときに、信くんの、真摯に自分の課題に向き合い、自分だけでなく後輩・まわりの人のことを考えられる、人間性から学べることがあるのではないと思います。
私自身も機会のあるごとに、自分がアスリートと接することによって得た、様々なエピソードをブログなどでご紹介して、皆様の参考になれば良いと考えています。
Cover Photo by Kelli McClintock on Unsplash