フィギュアペアスケーターのコンディショニング

フィギュアペアスケーター達との出会い

私のフィギュアペアスケーターとの出会いは、長野オリンピックに向けてサポートさせてもらった天野荒井ペアなので、およそ25年前の話になります。

最近では小野眞琳選手、須藤すみれ選手など、日本人女子ペアスケーターのサポートをしていました。

これらの選手から、当時デトロイトなどで練習していた木原選手について伝わって来るのは
「木原くんx x x痛くて大変そう!」
という感じの話ばかりでした。

その後、10年ほど前にトロントで練習していた女子スケーターから
木原くんがトロントに移動するのでサポート宜しく!
と2019年の7月に紹介されました。

初めて会った日に木原選手に恐る恐る現在の体の状況を確認すると
「過去8年間、痛い所だらけですボロボロです。」
と、予想通りの答えが返ってきました。

一瞬「このプロジェクト引き受けない方が良いかも??」と思いましたが、木原選手の人柄が気に入ったので、過去8年分の痛みの改善に一緒に取り組む事にしました。

まず手をつけたのは、過去8年間の痛みの発生原因や、今まで行ってきたコンディショニング方法の確認と修正です。

肩・腰・膝・足首といった、主要関節の状態を元に問題点を一つ一つ検証したり、靴の状態の話をしたり、北京オリンピックへ向けてのプランや現在の練習状況などありとあらゆる事をもれなく検証理解する事から始めました。

フィギュア 木原・三浦ペアのサポート

そんなこんなでスタートした木原・三浦ペアのサポートですが、
木原選手の場合は、まず肩周りの問題の改善からスタートしました。

長年リフトやツイストで酷使した肩は、平昌オリンピックの頃には限界を迎えており、オリンピック期間中は壮絶な状態であったとも教えてくれました。

肩の可動域制限を改善したり、肩に負担のかかる練習を一定期間休んでもらったり。
ペア競技の動きを、一から木原選手に教えてもらいながら、身体にきつい動きを防ぐ為には何をしたら良いのか、二重三重にプロテクトを入れていきました。

言葉にすると簡単そうですが、これまでの体にかかってきた負担を改善しつつ、今後オリンピックなどの大舞台で活躍できるための身体にしていくための方法を、無数にある中から最適解を探し提案していくというのは、私自身にとっても、ある種の挑戦だったということをお伝えしておきたいと思います。

そのような、試行錯誤を繰り返し、紆余曲折を経て最終的に辿り着いた
木原選手の問題点の根本にあるものについて私が理解した点は、
スケーティングだけでなく、木原選手の相手選手を絶対に落とさないで守ると思いやる気持ちにある、という事です。

絶対に落とさないと言い切る理由は、三浦選手がタイミングがずれて難しいポジションになり、このままキャッチしたら自分が怪我するとわかっていても絶対にキャッチしに行く、ということを意味します。

相手に対してこれだけので決意を持ってペア競技を続けているのを知り、こちらも身の引き締まる思いでした。

この時に私が掲げたポリシーは、木原選手の身体を守る為に
最低でも200%のコンディションを実現する、というものでした。

200%のコンディショニングの実現

三浦選手は、まだ若い事もあり大きな怪我をした事もなく、
実際の練習拠点はトロントからハイウェイで1時間強と遠いこともあり、当初あまり積極的に通って来ませんでしたが、

世界トップレベルを目指すには、体が痛い痛くないという判断基準でなく、北京までの3年間上手く乗り切る為に、常に200%くらいのコンディションを保つ事。
ジャンプなど、技術面やメンタル面の経験不足からくるスランプに陥る事が多かったので、それらをコンディショニングで乗り切る方法を説明して
それを納得してもらい、定期的に通ってもらう様になりました。

後日談として、木原選手から
「北京オリンピックの団体戦はトロントで調整してもらってからすぐだから良いけど、個人戦迄は時間が空くのから試合に出たくない!」
と三浦選手が言い出して困ったと言って貰える位の関係が築けました。

コンディショニングを200%にするために必要なことは、双方のやる気だけでなく、本人のコンディショニングへの理解、信頼関係なども大きく影響することが示しているということを、このことからもお伝えできるかと思います。

三浦・木原ペアの魅力

結果的に、オリンピック3回目のベテラン木原選手に負けず奮闘し大活躍した三浦選手の底力には、本当に驚いています。

「試合に行っても取材陣は私達の前を素通りなんですよ!」
と笑っていた状況から一躍人気者になった三浦選手。
周りの期待に答えたい気持ちが強く、その気持ちのために空回りしてしまうケースが多く、試合でポイントを取りこぼしていたので、精神的プレッシャーを排除する為に、三浦選手の技術面のミスの原因と体の不具合との関連性を全て洗い出し、丁寧に本人が理解出来る様に説明しました。

そこを改善するのが三浦選手の演技が一番安定するのだ、ということ事を
本人に実感してもらうコミュニケーションに時間を費やす事により、
三浦選手に気持ち良く試合に臨んでもらえるようになりました。

私たちは、わかりやすい結果を求めていると思われがちです。

ですが、実際にファンが求めているのは、上位入賞する事よりも三浦選手の嘘のない笑顔にあり、それは本人が満足いくパフォーマンスができたかどうか、ということに関連すると思います。
ですので、いつでも笑顔を忘れないように、笑顔でいれるようなパフォーマンスを、とお願いしています。

木原・三浦ペアの最後の課題は、先にも述べた様に試合期間中の調整をどうするか?という事でした。
しかし、2人でお互いに最低限のコンディショニングができるよう、
半年くらいかけて、マッサージの仕方やジャンプが調子悪くなった時の調整方法など、2人がトロントを訪れた際にセオリーや正確なアプローチの仕方を全て伝授しました。

これを理解し、実践してくれていることが、木原三浦ペアが最近安定して良い結果を出せる要因の一つだと思っています。

ペアスケーターは、他のシングルスケーターとは全く違う次元で身体に疲労を溜めやすいので、日々の練習前後のコンディショニングが生命線です。
本人がコンディショニングの必要性とアプローチ方法を身につける事が、より一層大切なのです。

三浦・木原ペアから私が学んでいる事は、自分だけでは勝てないペアならではの難しさです。
2人セットでコンディショニングのピークを合わせるのが、予想以上に大変でした。

三浦・木原ペア結成。
トロントで練習+コンディショニングスケート。
コロナ。
これらを経て、北京オリンピックを迎え、2021-2022シーズンの各自自己評価=○ という結果となった様です。

この喜ばしい結果を踏まえて、先日2人とミーティングしたのは、
この先4年後、8年後に向けてのプランの設定です。

いつも私が言っていることですが、コンディショニングの重要なポイントの一つであり、最も気をつけるべき点は、時間軸のシビアな設定です。

今まで述べてきた様に、身体に大きな負担のかかる競技です。
時間経過と共に静かに忍び寄る疲労蓄積や年齢に伴う変化など、現状に満足せずに細部にまで目を光らせたプランが必要だと考えます。

私自身も、木原三浦ペアから色々なことを学びながら、ベテランセラピストならではのサポートを、今後もしていきたいと思っています。

皆さんの暖かい応援を、引き続き、宜しくお願いします。