フィギュアスケーターを金メダルに導くには

北京2022年オリンピックが終了しましたね。
多くの人を魅了し、たくさんの感動を与えてくれました。
アスリートの皆さんには敬意を表します。

毎回オリンピックを見て思う事ですが、オリンピックで戦えるレベルのアスリートは、実は、みなさん実力にさほど大きな差は無いため、
ここで良い結果を残すには、競技以外の部分でどこまで上手くストーリーを作れるかにかかっているという事です。

オリンピックで上手く行くストーリーに必要なのは、
① 一定のレベルに達しているアスリート
② 十分な資金源
③ 色々上手いことやってくれる情報通な人
④ 体の管理ができる人
などです。

ここでは、過去、30人以上の日本及びカナダのトップクラス フィギュアスケーターをサポートさせてもらい培った知識や経験から、気付いたポイントをお話しします。

金メダルをとるフィギュアスケーターが実践していること

「トップアスリートのケアの仕方を教えて下さい」という質問がよくありますが、答えは「特別ありません」です。

同じ人間の体なのでオリンピック選手に特別する事は無いのです。
むしろ基本中の基本の様なことを理解して貰うまでしつこく説明します。

理由は大きく2つあります。

①基本中の基本が最重要であることを理解し、正確なコンディショニングをしないと、ハイレベルな練習をする意味がないから。
 → 練習が上手くいかない場合、原因は「技術的問題」か「体が動いていない」のか、体が完璧な状態でないと私が判断できません。そして、コーチはもっとできないのです。

②オリンピックのタイミングにピークをもって行くのを阻害する、リスクが一番高い怪我を防ぐため。
 → 転倒などのアクシデントは防ぐことができませんが、怪我をするリスクはある程度防ぐ事ができます。

かつてスケーターは、毎日練習しなければならないと言われていました。
皆さんも、以下のような言葉を少なからず耳にしたことがあるのではないでしょうか。
「三日休んだら取り戻すのに1ヶ月かかる」
「足を疲労骨折したら一人前」
「生理不順も当たり前」
こんな昭和な感覚が信じられていたのは、驚きですが、実はそれほど昔の話でありません。
いまだにこのような呪縛に囚われているアスリートやコーチもいるのは事実です。是非とも、この様な迷信からは脱却してもらいたいと思います。
(上記のような事を主張する有名コーチと言い合いになり、私の主張を通して水曜日を完全に休ませ、結果として、体の弱いスケーターをチャンピオンに導いた経験もあります)

色々な情報が溢れる今日、アスリートを良い方向に導く方法は人それぞれなのでオリンピック選手向けの特別メニューなど、存在しないのです。

しかし、日々の練習で要求される動きは以前より高いレベルにあるので、常にベストなコンディションを保てるような努力が求められます。
痛みがないだけでなく、アクシデントに見舞われても怪我をしないくらいの、余裕ある良いコンディションを作り上げるために、最低限基本的部分は見逃さないように心がるべきです。

特にオリンピックにおいては4年に1度しかない機会なので、そこにピークを合わせなければなりません。
その1番のポイントは、体のコンディションにあります。

オリンピックに向けた体のコンディショニングプランとは

オリンピックをターゲットした選手は10代が多く、成長期にあるアスリートであるが故に気をつけるべきは、数年後を見据えたコンディショニングプランです。

多くの場合、オリンピックをターゲットした選手と出会うのは、
本人が14〜15歳くらいなので、まだ大きな怪我の経験もなく、本人もコンディショニングの大切さを全く理解していません。
勝負の17〜18歳くらいに向けてピークを持って行くためには、ボディーサイズの変化に伴い練習から来る体へのダメージなどの増加も想定しながらストーリーを組み立てます。

勝負の年の2〜3年前から、体に対する認識をしっかり持ってもらう事が、良い練習や良い結果に繋がるのです。本人の認識と日々のコンディショニングが以下に重要か、この時点でも理解いただけたかと思います。

では、体に対する認識とは具体的にどう言ったことを指しているでしょう。

簡単に言うと、痛いとか痛くないとか、張った感じがする、など主観と感覚で判断するのでなく、関節可動域などにより明確な基準をもって判断する事を指します。
この様な方法を取ると、練習でうまくいかない動きも、多くの場合は体が動いていないだけであるという事実に気づくことができ、ひたすら練習量を増やせばいいという概念や無駄な練習そのものをなくすことができ、体への不要な負担を減らすことができるのです。

オリンピックを目指すトップクラス フィギュアスケーターに多い問題

フィギュアスケートをご覧になられて、皆様きっと思われると思いますが、あの美しい足捌き、細い足で高く跳び滑らかに着地する・・・なんて素晴らしいのかと感動しますが、当然、ジャンプ等で衝撃を長い間受ける足首は故障が多いものです。
定期的にスケート靴を新調する際、馴染むまでの間や、古くなったスケート靴のサポートが弱くなった時など、特に問題が起こりやすく注意が必要です。
また、大きな筋肉がなく腱で構成されている部分が多いので、不調が慢性化するまで気が付きにくいという面もあります。

「試合の前になるといつも足首が腫れて、靴を履くのが大変なんです」
と自慢げに話していたトップアスリートスケーターもいたくらいで、先にお話しした昭和の香りがする根性論を正としたところに根ざしている、問題意識の低いエリアでもあります。

前述した様に、慢性化してからようやく表面化する事が多いのですが、それでは遅いため、私がアスリートのコンディショニングを考える際に、一番初めにアスリート本人へ説明して、改善を始めるポイントなのはこういった理由からです。

フィギュアスケートにおける足首の重要性

足首の調子が悪いとどういったことが起こるか、次にご説明したいと思います。

① スケーティング時に、膝を曲げて腰を低く保ちながら滑る事ができません。そうすると、スピードが乗らないということにつながります。
② ジャンプのふみきりが弱くなり、高く跳べません。また、着地の柔らかさにも欠け、氷に蹴られてしまい上手く着地出来ません。
③ 氷を足底で掴む感覚が乏しいため、安定感に欠けた状態となります。

これらに対する改善ポイントですが、
① 前脛骨筋やヒラメ筋の腱の部分をよく伸ばして、足首の甲側、足底側、内側、外側の動きを良く保つ
② 足の指の腱の間上手く緩めて足の甲の緊張をとり足の安定性を確保する
などが挙げられます。
これらについても、個人ごとの体の状態を正しく認識し、それぞれに合った改善ポイントを提示することが重要です。

腰の硬さがフィギュアスケーターを苦しめる

十分なコンディショニングなしにジャンプの練習などを続けると、腰や股関節に疲れが溜まります。
難しいジャンプを練習するときなど、腰のコンディションを整えずににジャンプをひたすら跳び続けるだけでは効率が悪いのです。
なぜなら、練習が上手く行かない理由の一つは、目的の動きをする筋肉が動いていない事だからです。

腰が硬いと、どういったことが起こるのでしょう。
① 上半身を上手く捻る事ができないので、ジャンプの回転がかかりにくくなります。
② 上半身の左右の捻りに差が出てしまい、スピンなどでバランスを取りにくくなります。

これらに対する改善ポイントは、
① 上手く行かない動きを、曲げる動作や捻る動作などから、問題の筋肉を見極めてピンポイントで改善する
② 腰だけ緩めても上手く行かない時もあるので、その場合は臀部の筋肉も一緒に緩める
③ 腸腰筋などが体の前側から引っ張って腰が硬くなるケースも考慮し、腸腰筋を緩める
などが挙げられます。

フィギュアスケーターを取り巻く環境の変化

これまでフィギュアスケーターのコンディショニングのサンプルを様々お伝えしてきていますが、私が過去30年間スケーターを見て近頃懸念しているのは、ここ10年の大きな環境変化です。

競技レベルの向上に、スポーツ科学の向上が追いついておらず、アスリートの身体がついていくことに対して、非常に負担が多いように見えます。

フィギュアスケートという競技の特殊性から、他のスポーツと比較して色々な対応が競技レベルの進化に追随していません。
そして、一番問題なのは、その遅れを解消する為に、トレーニングをひたすらに前倒しにしてしまっていることです。
つまり、以前より若年齢で負荷の高いトレーニングをスタートしてしまうのです。
前例や経験が少ないので、トレーニングを課しているコーチたちに科学的な裏付けがあるわけもありません。

これらの全ての負担を、スケート競技に関わる若きスケーター達が負うことになり体にかかる負担が増えていると感じます。

どこをどの様に改善するべきかは、問題が大きすぎるため簡単に言えることではないのですが、ここで一つ、面白い考え方をご紹介します。
それは、4度ものフィギュアスケート世界チャンピオンを誇る、スケートの神様、カート ブラウニング のお話です。

カート ブラウニングが語る、フィギュアスケートで大切なこと

驚いたことに、スケートで一番大切なことは、ジャンプ跳ぶとか跳ばないでなく、観客の心の中に入り込める様な演技をする事であり、勝利が目的ではないとカートは言います。
自分の置かれたステージでスケートを楽しむのが、カートブラウニング 流。
4度もチャンピオンを手にしている彼が言うからこそ、その言葉の意味、真意が響きますね。

選手現役時も、3月に試合シーズンが終わると
「カナダの気候が良いレイクシーズンになんでスケートしなくちゃいけない?」
と、また滑りたくなるまでの数ヶ月間は、全くスケートをしなかったそうです。

前述したような、3日練習を休んだら取り戻すのに1ヶ月かかるという理論からすると、カートの場合取り戻すのに3年くらいかかる計算になってしますね。
4度も金メダルを獲り、さらには数十年にわたりスケートショーを牽引する人気プロスケーターとして活躍できた秘訣だそうです。

50歳を超えた今もなお、スケートショーで人気スケーターとして体力やパッションを維持するのは簡単でないと思いますが、プリシパルダンサーにたたき込まれたバレエ仕込みの毎日のコンディショニングは日課となっているようです。
私が彼のトリートメント時に体をチェックしても、世界レベルの現役選手に引けを取らない状態を維持していているのには毎回驚かされます。
このコンディションであるからこそ、50歳を過ぎても、氷の上でバックフリップをやってのけることができるのです。
体のコンディショニングをきちんと続けることがどれほど重要か、よくわかりますね。

最近ジャンプを跳ぶことや試合に勝つことを語る選手が多い中、カート流の思考は現在のスケーターに必要かも知れません。

少なくとも、今までの常識は絶対ではなく、様々な角度から練習方法、コンディショニングを見直す必要性があります。
周囲の意見や従来の概念を踏襲するのではなく、自分自身を基本に考える「カート流コンディショニング」が、成功するアスリートへの潮流なのかも知れません。